記事: 誤差を、見極める。
誤差を、見極める。
革は伸び縮みし、一枚ごとに性質も異なる。そもそも工業製品のような寸法精度を求めることには向いていない素材です。
それでもHitoe® Foldは、±0.5mmという精度を目標にしています。
生産委託する工房には、よく革製品の要求精度ではない、と言われます。
しかし、パーツが精密に重なり合う構造だから、角のRが少しでもずれれば、輪郭は揃いません。位置を決めるピンが少しでもずれれば、パーツは正しい場所に収まらず、姿が整わなくなり、緊張感が崩れます。
例えば、財布を閉じた際のインナーフックとカードポケットの隙間。
もし隙間0で設計した場合、革の伸縮やパーツの固定位置の誤差が、そのまま閉じた際の姿に影響します。
そこで、避けられない誤差を許容できるわずかな隙間をあえて設けています。
精度を求めながら、誤差も許容する。それも設計の一部です。
刃型の精度
ところで、革を型で抜く工程には、刃型を使います。
この刃型の精度が、上記のような精度管理では非常に重要です。
一般的な革製品に使われる刃型は、スウェーデン鋼といわれるものです。
スウェーデンのサンドビック社が開発したことがこの名の由来です。
職人が型紙の形状に沿って、手作業で鋼を曲げ、最後に形状を固定するため、フレームと刃型を点溶接します。ただ手作業による誤差に加え、溶接の工程で、どうしてもわずかな歪みが生じやすくなります。
通常の革製品なら、革自体が伸び縮みするので、この程度の歪みが問題になることはありません。
しかしHitoe® Foldでは、そうはいきませんでした。
Rの重なりがわずかに異なる。
ピンの位置がわずか0.5mmずれる。
そのたびに型を作り直しました。2度、3度と。
それは、発注する弊社にも、受注する金型工房にも、時間や金銭だけでなく、心理的にも大きな負担でした。
レーザーに、刃を預ける
印刷業界には、ヴィクトリア型(別名トムソン型)と呼ばれる刃型があります。
レーザーで正確に加工した溝に、刃を埋め込む。だから、精度を確保しやすいのが特徴です。
主に紙やシール、フィルムなどの型抜きに用いられます。
なぜ、革業界でヴィクトリア型が普及していないのか。
ヴィクトリア刃(トムソン刃)はスウェーデン鋼より薄く、摩耗や破損による作り直しの頻度が高くなります。また、合板に埋め込まれた刃は視認性が悪く、紙やシールでは支障にならなくても、革の場合は銀面の状態を見ながら型抜きする必要があり、作業性が落ちます。
さらに、刃型の製作コストも数倍に跳ね上がります。
革は伸縮するので、通常であればここまでの精度は要りません。
精度に、工法を合わせる
SYRINXはパーツごとに、要求される精度を見極めて、スウェーデン鋼とヴィクトリア型を使い分けています。
ヴィクトリア型の視認性の低さは、抜く面を見ながら作業できるよう、透明なアクリルベースで補います。
シビアな精度が要求されないパーツや、革の伸縮で誤差を吸収できるパーツにはスウェーデン鋼を使用しています。
あらゆるデザインにおいて、誤差のコントロールは品質と美しさを左右する重要な要素です。
誤差を完全にゼロにすることはできません。
その誤差をどう扱うかに、設計者の思考が現れます。
誤差を、見極める。
革の表情は、一枚ごとに違います。
それは、受け入れるべきものです。
革の伸縮や製作上避けられない誤差。
それらは、あらかじめ設計に織り込まれています。
しかし型の誤差は、違います。
ごくわずかな誤差でも、そのままカタチに影響する可能性がある。
誤差と精度。
ただ誤差を排除するのではなく、
その境界を見極め、コントロールする。
その先に、SYRINXの製品は成立しています。
(文・佐藤 宏尚|SYRINX代表・デザイナー)
