記事: すでにあるものは、作らない。
すでにあるものは、作らない。
増やすことが、定石だった
ブランドを成長させる方法は、昔から大きく変わっていません。
色を増やす。
サイズを増やす。
新しいシリーズを作る。
選択肢を広げることで、より多くの人に選ばれるブランドを目指す。それは、ごく自然な考え方です。
実際、多くのブランドはそうして成長してきました。
けれど、SYRINXはその方法を選びませんでした。
製品数は決して多くありません。
それでも、新しい製品を作ることより、一つの製品を育て続けることを選んできました。
すでにあるものを、なぜ作るのか
新しい製品を考えるたびに、自分へ問い掛けることがあります。
「その製品は本当に世に出す価値があるのか」
この問いに答えられないなら、その製品を作る意味はありません。
形を変えただけ。
素材を変えただけ。
それだけでは、新しい製品を生み出す理由にはならないのです。
私たちがデザインする理由は、まだ解かれていない課題があるときだけです。
解かれていない課題だけを、形にする
だから、三つ折り財布は作りません。
面積を小さくすることはできます。しかし、その代わりに厚みという課題が残ります。
私たちは、その答えとして二つ折り構造を選びました。
Hitoe® Foldを発表した当時、薄さと小ささをここまで両立した財布は他に類を見ませんでした。
さらに、金物を使わずに成立させた構造も、新しい挑戦でした。
長財布も同じです。
「長財布は厚くなる」という常識がありました。
私たちは、収納力を犠牲にすることなく、その課題に挑みました。
Musubu®は、鍵を束ねるために金物が必要という常識から出発しました。
革紐一本で束ねられないか。
その問いが、新しい形になりました。
Hasamu®が向き合ったのは、使い終われば捨てられてしまう裏紙です。
そこに、思考を書き留めるキャンバスという新しい役割を与えました。
私たちは、既存の製品を否定したいわけではありません。
むしろ、その完成度には敬意を抱いています。
それでもデザインするのは、まだ解かれていない課題があるからです。
課題を解く、という仕事
SYRINXは、革製品から始まったブランドではありません。
建築家が主宰するデザイン事務所から生まれたブランドです。
建築設計とは、形を描く仕事ではありません。
人の動きや光、構造や安全性、さまざまな条件を整理し、一つの答えに導く仕事。
つまり、課題を解く仕事です。
その考え方は、財布でも、キーケースでも変わりません。
だから、「すでにある解を、少し変えて作る」という発想そのものが生まれないのです。
デザインには、解くべき課題が必要です。
デザインは、終わらない
デザインとは、まだ誰も解いていない課題に、答えを与えることです。
だから私たちが目指しているのは、製品を増やすことではなく、課題を追い続けることです。
新しい価値を生み出したから終わりではありません。
時間が経てば、新しい課題が見えてきます。
もっと薄くできないか。
もっと使いやすくできないか。
もっと美しくできないか。
Hitoe® Foldも、Ariaも、Lessも、L-zip Lも、そうして世代を重ねてきました。
デザインは、完成した瞬間に終わるものではありません。
課題が残っている限り、デザインは終わりません。
(文・佐藤 宏尚|SYRINX代表・デザイナー)

