5年越しの完成形

SYRINXの代表作「Hitoe® Fold」は、発売から5年を迎えました。その節目に合わせて登場したのが、現在クラウドファンディング中のHitoe® Fold Antico。
この記念モデルは、単に革の仕様が異なるだけのバリエーションではありません。5年の歳月をかけて積み上げてきた改良の集大成であり、そして、最後に残された課題を解決した、完成形へのアップデートとなります。
Hitoe® Foldは、これまで薄さと機能を両立させるために、無数の工夫を重ねてきました。マチは小さく、角は革を重ね、パーツ数は最小限に。そのすべてが、美しさと耐久性を高いレベルで両立させるための工夫でした。
しかし、ひとつだけ、気がかりな点が残っていました。それが、コインポケットの構造です。
財布を「くの字」に折り曲げた際、革は自然と外側へ広がろうとします。一方、側面のステッチはそれを内側へ押し戻します。この力の衝突が、革の表面にわずかな歪みを生み、長く使い続けるうちにシワとして現れることがありました。

機能面では問題ないとはいえ、デザインの完成度を追い求める上では、見過ごすことのできない違和感。5周年という節目を迎えた今、この最後の課題に、私たちは正面から向き合うことにしました。
革が入荷する直前の5月後半から、急遽何度も試作を繰り返し、縫製順序を見直し、端部の納まりを「巻き込み型」に変更。広がろうとする革の力を、素直に吸収し、シワが生じにくい構造を実現しました。
この変更のために、私たちは金型を一から作り直しました。 外観としてはほとんど気づかないかもしれません。けれど、この小さな変更が、全体の完成度に与える影響は決して小さくありません。
加えて、コインポケットの有効長さも広がります。収納力が増すだけでなく、同じ量のコインであれば、より分散され、薄く収まります。外観のラインも、カードポケットと美しく揃い、より一体感のあるデザインに。
財布という日用品において、「わずかな違和感」を見逃さず、それを根本から見直す。
その小さな改善の積み重ねこそが、全体の完成度を静かに引き上げていく。
それが、SYRINXの考える「デザイン」のあり方です。
(文・佐藤 宏尚|SYRINX代表・デザイナー)
※ 最上部の写真の試作品の革はAnticoではありません